むしろ、スーツほど細部にこだわるのが面白い服はそうそうありません。
皆さんは、スーツを仕立てるとき、どんなことを大切にされていますか?
生地の色や柄、サイズ感、あるいはジャケットの形。もちろん、どれも非常に大切な要素です。
ただ僕は、良いオーダースーツとは、注文された方のイメージ通りに仕上がること。できることなら、そのイメージを少し超えてくるような一着だと思っています。
そのために欠かせないのが、お客様と仕立て手との会話です。どういう場面で着たいのか、どんな雰囲気に見せたいのか、何が好きで、何が苦手なのか。お互いのイメージをきちんと共有し、すり合わせることが何より重要だと考えています。
注文服を表す「ビスポーク(bespoke)」という言葉も、もともとは「前もって相談する・注文する」といった意味を持つ英語の bespeak に由来します。bespoken という語形ともつながる言葉です。服づくりと会話の関係を考えると、なかなか面白いですよね。
もちろん、最初から細かな仕様をすべて知っておく必要はありません。それを一緒に考えるのも、僕たちの仕事です。
ただ、お客様ご自身が少し知識を持っているだけで、選択肢はぐっと広がります。「こういうのもできるんだ」と知ることが、自分だけの一着に近づくきっかけになるかもしれません。
そこで今回は、僕が個人的にも好きなものを中心に、スーツ好きなら思わず反応してしまうようなオーダーディテールを7つご紹介します。
シングルピーク。
いつものスーツに、少し味変するなら。
最初におすすめしたいのは、シングルブレストのジャケットにピークドラペルを組み合わせる仕様です。
スーツの襟型といえば、もっとも馴染み深いのはノッチドラペルでしょう。襟の先が途中で切り替わる、あのベーシックな形です。
一方、ピークドラペルは下襟の先が上方向へ鋭く伸びた形。ダブルブレストのスーツや、フォーマルな装いでよく用いられます。

ただ、これをシングルのスーツに。
僕はむしろ、普段ベーシックなスーツを着る機会が多い方にこそ、一度試していただきたいと思っています。ネイビーの無地やグレーのフランネルなど、王道の生地に少しだけ変化を加える。それだけでもジャケットの表情は非常に変わります。
もちろん、ラペルの幅や角度によっては主張が強くなります。大切なのは、全体のバランス。いつものスーツから大きく離れることなく、ほんの少しの遊び心を加えること。
チェンジポケット。
英国調を感じる、小さなこだわり。
続いては、僕が個人的に大好きなディテール。チェンジポケットです。

ジャケットの右腰ポケットの上に、もうひとつ小さなポケットを設ける仕様で、英国調のテーラードを思わせる代表的な意匠のひとつです。
名前の「チェンジ」は小銭や釣り銭のこと。かつて小銭を入れるために使われていたことが由来とされます。また、切符を収める用途から「チケットポケット」とも呼ばれます。
今日の生活では、この小さなポケットを実用的に使う機会はははっきり言ってありません。実際、僕もここに何かを入れたいからおすすめしているわけではないです。
それでも、こうした実用服の名残が現代のスーツに残っているところが面白い。服の歴史を感じさせる、非常に魅力的なディテールだと思うんです。
特に、少し長めの着丈や、ウエストを適度にシェイプした英国的なジャケットとは好相性。腰ポケットを斜めにしたスラントポケットと組み合わせても、雰囲気があります。
本格的で正統派なテーラードスタイルを意識するなら、ぜひ候補に加えてみてください。
本切羽と色糸。
袖口に忍ばせる、さりげない遊び。
袖先にも、オーダーならではの楽しみがあります。

本切羽とは、ジャケットの袖口にあるボタンを、実際に開閉できるように仕立てる仕様のこと。一般的な既製服では開かない飾りボタンも多いため、こうした細部に惹かれるスーツ好きは少なくありません。
そして、今回おすすめしたいのは、さらにそこから一歩踏み込んだ仕様です。
袖口側の一番端のボタンホールだけ、かがり糸の色を変えてみる。
例えばネイビーのスーツなら、ボタンホールに深いボルドーや落ち着いたブラウンを一箇所だけ。あえてボタンをひとつ外すことで、袖先にほんの少し色がのぞきます。
派手な色を使う必要はありません。気づく人には気づく、くらいがちょうどいい。こういう小さな遊び心こそ、誂える楽しみです。
ちなみに、本切羽は完成後の袖丈調整が難しくなる場合があります。採寸や仕上がり丈は、事前にしっかり相談しておきたいところです。
ステッチ。
スーツの顔つきを変える、細部の美学。

続いては、皆様にもぜひ意識していただきたい、ステッチのお話です。
ラペルの縁やジャケットの前端、ポケットの周囲などに入る細かなステッチ。なかでも、手縫いのような点状の見た目を持つものとして知られているのが、AMFステッチです。
もともと、こうした縁のステッチには、生地の端を落ち着かせ、反り返りを抑える役割もあります。一方で、現代では装飾的な意味合いも大きく、スーツの表情を左右する要素になっています。
このステッチがあるだけで、ラペルの輪郭がほどよく際立ち、ジャケット全体の顔つきが引き締まって見えることがあります。
決して「ステッチが入っていれば良いスーツ」という単純な話ではありません。けれど僕は、仕立ての雰囲気を大切にしたい一着なら、ぜひ検討していただきたいと思っています。
生地と同色で控えめに入れるのか、縁から少し内側に入れるのか。ほんの数ミリの違いでも、見え方は変わります。誂えものであることを静かに主張する、そんな細部の美学がここにあります。
サイドアジャスターとインプリーツ。
パンツこそ、差がつく。
ここまではジャケットのお話が中心でしたが、僕はパンツのディテールにこそ、オーダーの面白さがあると思っています。
例えば、こんな仕様はいかがでしょう。
ベルトループをなくし、ウエストの両脇に尾錠式のサイドアジャスターを付ける。フロントの持ち出しは少し長めに。そしてタックは、クラシックなインプリーツ仕様に。

ベルトループを廃したパンツは、ウエストまわりがすっきり見えるのが魅力です。サイドアジャスターは、腰脇に付いた金具とベルト状のパーツでフィット感を微調整する仕様。そこに、フロントの留め部分を長く伸ばした「持ち出し」を組み合わせると、腰回りに独特の表情が生まれます。
インプリーツは、タックの折り目が身体の内側、つまり前中心方向を向く仕様。アウトプリーツとは異なる、すっきりとしたクラシックな見え方が楽しめます。
これらを組み合わせたパンツは、一般的なビジネススーツの既製品では、そう頻繁に見かけるものではありません。本格的なテーラードファクトリーならあるでしょうが、基本的にはオーダーで仕立てのが中心でしょう。
上着を脱いだとき、あるいはタックインしたときに見える腰回り。ここがきれいだと、スーツ全体の印象もぐっと変わります。
僕なら、少し股上を深めに取り、適度なゆとりを持たせたシルエットで楽しみたいですね。
あえて、水牛以外のボタンを。
小さな素材が生む、大きな表情。
スーツのボタンといえば、本水牛。王道の選択肢として非常に魅力的ですし不滅です。
自然な艶と深みがあり、クラシックなスーツとの相性は抜群。ひとつの完成形と言ってもいいかもしれません。
ただ、必ずしも水牛だけにとらわれる必要はないと思うんです。
ナットボタン
ナットボタンは、主に南米に育つタグアヤシの種子から作られる天然素材のボタン。コロゾボタンとも呼ばれ、植物性の象牙を思わせる独特の質感が魅力です。柔らかな印象を加えられるので、コットンやリネンなどを使った少し軽快なスーツにもよく合います。
貝ボタン
貝ボタンは、その名の通り貝殻を加工したボタン。独特の光沢や透明感があり、夏らしい素材や軽やかなジャケットに合わせると面白い存在です。水牛とは違った、どこか涼しげで上品な表情を楽しめます。
ただし、どちらも生地との相性が大切。黒に近い重厚なビジネススーツに、いきなり真っ白な貝ボタンを付ければ、どうしてもボタンだけが目立ってしまいます。

あまり奇をてらいすぎないこと。僕が大切にしたいのは、やはりアンダーステイトメント、控えめな自己表現です。
「神は細部に宿る」と言いますが、ボタンはまさにそれを実感できる部分ではないでしょうか。
芯材選び。
見えない部分にこそ、仕立ての思想を。
最後は、ある意味で今回もっとも難しく、そしてもっとも大切な話かもしれません。
それが、芯材選びです。
なぜ難しいのか。理由は簡単で、芯材は表から見えないからです。せっかく仕立てたスーツを分解しない限り、その構造を直接確認する機会はほとんどありません。

そもそも芯材とは、スーツの表地と裏地の間などに用いられる副資材のこと。特にジャケットの前身頃や胸回りに使われる芯は、立体的な形をつくり、ラペルの返りや美しいシルエットを支える重要な役割を担っています。
同じ生地、同じようなシルエットのジャケットでも、芯材の選び方や仕立て方によって、胸の膨らみ、身体への沿い方、着用時の印象は変わってくるんです。
代表的な芯地構造を知っておこう
| 仕様 | 構造と特徴 |
|---|---|
| 接着芯仕様 | 接着タイプの芯地を主体に、前身頃の形を整える方法。比較的軽快な仕立てにも対応しやすい仕様です。 |
| 半毛芯 ハーフキャンバス |
胸やラペル周辺などの重要な部分に毛芯を用い、下部に接着芯を併用する代表的な構造。立体感と合理性のバランスに優れます。 |
| 総毛芯 フルキャンバス |
前身頃の広い範囲に毛芯を用いる構造。自然なドレープや立体的な仕立てを追求でき、伝統的なテーラードとも親和性の高い仕様です。 |
たとえば、日常的に着るビジネススーツなら、胸回りの立体感と扱いやすさのバランスが取れた半毛芯は、非常に魅力的な選択肢です。
一方、より柔らかく、肩の力が抜けたジャケットを目指すなら、軽量でソフトな副資材や仕立て方を検討することもできます。
逆に、クラシックなテーラードらしい胸の構築美や、自然に流れる前身頃を大切にしたいなら、総毛芯もぜひ知っておきたい仕様です。
ただし、ここはひとつ誤解してほしくないところがあります。
総毛芯だから必ず重い、硬い、というわけではありません。使用する毛芯の種類や厚み、縫製技術によって、軽くしなやかなフルキャンバスのジャケットもつくれます。逆に、同じ半毛芯でも仕立ての方向性はさまざまです。
大切なのは、仕様の名前だけで良し悪しを決めることではなく、どんな一着を目指しているのかを仕立て手と共有すること。オーダーのコースや工場によって選べる範囲も異なるため、気になる方はぜひ相談してみてください。
見えない部分だからこそ、そこにまで自分の理想を反映できたら面白いですよね。
良いオーダーとは、
自分の「好き」を、きちんと形にすること。

今回は、僕が好きなオーダーディテールを7つご紹介しました。
こうして並べてみると、同じスーツなんて一つとして存在しない。
その奥深さがご理解いただけたかと思います。
けっきょく大事なのは、その方がどんなスーツを着たいのかということ。ベーシックな一着が好きなら、無理に変える必要はありませんし、少し個性を出したいなら、こうした細部にこそ選択肢があると思っています。
僕がオーダースーツの仕事を好きなのは、単純に服を作ることだけでなく、お客様の好みや考え方を、一緒に形にしていけるからです。
最初から知識がなくても、まったく問題ありません。むしろ、何となくのイメージをお話しいただくところから始めたい。
そして、この記事を読んで「次はこんな仕様も試してみたいな」と思っていただけたなら、このブログは成功です。
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